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札幌地方裁判所 昭和25年(ワ)1号 判決 1951年2月27日

原告 浅野炭山労働組合

被告 浅野雨龍炭鉱株式会社 外一七七名

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告会社は原告に対して訴外境寿、同横堀幸一郎を世話役として就任せしめよ。被告等は原告に対して被告会社を除く被告等が組織する浅野雨龍炭鉱労働組合と団体交渉をしてはならない。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

被告会社は原告組合所在地に於て石炭の採掘並びに販売業を営む会社であり、原告組合は被告会社の従業員及び原告組合代議員会の承認を受けて加入する労務者を以て組織する労働組合であるところ、原告組合と被告会社との間には昭和二十一年五月十五日定めた労働協約があつたが右協約は昭和二十四年五月十四日有効期間の経過によつて消滅したのであるが、これよりさき昭和二十三年九月二十五日右労働協約に基き設置された労資間の経営協議会に於て被告会社炭坑住宅区域内にある世話所に勤務する世話役は従業員の選挙によつて定め被告会社は右選挙に当選した者を勤労課勤務として世話役に就任せしめ、これに前に世話役であつた者と同等又はそれ以上の給与を支給し、その任期は一年であるが再選したときは更に同期間勤務せしめ又再選されることなく任期終了したときは世話役就任前所属していた職場に復帰せしめる旨の協議が成立した。ついで昭和二十四年七月二十四日原告組合は被告会社と前記労働協約消滅後新協約成立するまでの措置として新たに経営協議会が設置されるまでは従来の経営協議会に於て、成立した協議事項を互に尊重する旨の約定をなした。よつて世話役を選挙により就任せしめる旨の右決定は前記労働協約の消滅にかかわらず有効に存続するから、原告組合は昭和二十四年十一月二十七日右選挙を施行したところ、川添世話所の世話役に訴外境寿、大原世話所の世話役に同横堀幸一郎が各当選したが、被告会社は同人等を右世話役に就任せしめないので、これを就任せしめることを請求する。次に原告組合規約には組合員が組合を脱退するには書面を以て届出をなし代議員会の承認を受けることを要する旨の定めがあり又被告会社は昭和二十四年一月二十二日原告組合との団体交渉に於て原告組合以外の同種の労働組合とは団体交渉をなさない旨確約した。しかるに被告会社を除く被告等は原告組合が被告会社との労働争議を解決するため昭和二十四年十月三日より同盟罷業をなすや、これを不満として原告組合を脱退し新たに労働組合を結成した。右脱退は原告組合代議員会の承認しないところであるから前記規約によつて同被告等の組合員たる地位は消滅することがない。

よつて同被告等が原告の組合員であることの確認を求めると共に被告会社に対しては前記協約に反し右脱退者の組織する労働組合と団体交渉をなさざることを請求する。

と述べ、被告等の主張に対し、

原告組合と被告会社との間に昭和二十四年七月二十四日成立した協約はその定める範囲に於て旧労働協約を更新したもの、即ち旧労働協約を援用した新たな労働協約であつて、有効期間の延長というべきではない。しかもその内容に新労働協約の締結されるまでと定めているのであるから、新労働協約が成立するか又は成立しないことが確定するまでの不確定期限を有効期間と定めたものと解すべきであつて、尤もかかる不確定期限を条件と解する見解もないではないが、それは出世証文その他同種の事例に対する従来の判例に反するのみならず労資間の無協約状態をことさらに作為せんとするものであつて、労働協約の締結を奨励し、これを義務ずけようとする労働法上の原理に反するものである。仮りに右労働協約の成立がないとしても前記世話役は原告組合員の福利厚生関係を世話するための制度であつて、原告組合員の労働条件中主要な地位を占める福利厚生条件に重大な関係を有するものであるから、かかる事項を定めた部分は協約の消滅にかかわらずいわゆる規範的部分として有効に存続するのである。しかして被告会社が世話所を廃止し勤労課出張所を設けても、その担当する業務は全く同一であるから単なる名称の変更にすぎずこれを以て世話役の就任を拒否する理由とはならない。次に被告等は原告組合を脱退するには代議員会の承認を要する旨の規約が憲法に違反し無効であると主張するが、憲法第二十八条は労働者に重要欠くべからざる団結権を保障したものであつて、民主主義の原理である多数決原理をじうりんして少数者の恣意を多数者に強要し、いれられなければこれを口実に脱退して労働者の唯一の生命である団結を分裂させて破壊し新たな労働組合を組織するが如き自由までも保障したものではない。団体は特に労働組合は民主主義の原理の上にたつてはじめて労働組合たるの本質を発揮しうるのである。憲法第二十八条はかかる労働組合の結成を労働者に保障しているのである。故にその加入脱退につき組合員の総意を条件とすることは何等右憲法の規定の精神に反するものではなく原告組合代議員会は原告組合の総意を代表する機関の一つであるから被告等の右の主張は理由がない。

と述べた。(立証省略)

被告等訴訟代理人は主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、

被告会社が原告主張の如き営業をなす会社であり、原告組合がその主張の如き労働組合であること、被告会社原告組合間に労働協約があつたが、原告主張の如き経緯によつて消滅したこと、被告会社原告組合間に昭和二十三年九月二十五日原告主張の如き経営協議会に於てその主張の如き協議成立し、ついで同二十四年七月二十四日原告主張の如き約定をなしたこと、被告会社が原告主張の訴外人を世話役に就任せしめないこと及び被告会社を除く被告等が原告主張の如き経緯によつて原告組合を脱退し新たに労働組合を組織したが、原告組合規約には組合脱退については原告組合代議員会の承認を要する旨の定めがあり、右脱退につきその承認を受けていないことはいずれも認めるが、原告主張の訴外人が世話役選挙に当選したことは知らない。その余の原告主張の事実は全部否認する。前記のとおり被告会社原告組合間の労働協約は昭和二十四年五月十四日約款並びに法定の三年間の期間の満了により消滅したのであるから、その後昭和二十四年七月二十四日に新協約成立までの措置として新たに経営協議会が設置されるまで従来の経営協議会に於て成立した協議事項を互に尊重する旨を定めても、右は労働協約の効力を当事者の合意によつて延長しようとするものであり、又仮りに右協議の決定が新たな労働協約であるとしても右協約には有効期間の定めがないものであるからいずれも労働組合法第十五条に反し無効であり、従つて世話役選挙の決議もその効力を失つたものである。又被告会社は昭和二十四年十月二十六日従来の世話所を廃止して新たに労務課出張所を設け従来の世話所の業務を取扱うこととし、原告組合にその旨の通知をなしたのであるから、たとえ原告主張の者が世話役選挙に当選したとしても被告会社はこれを就任させる義務はないものである。次に被告会社と原告組合との昭和二十四年一月二十二日の団体交渉に於て被告会社は原告組合以外の労働組合とは団体交渉をなさない旨の確約をなしたとの原告の主張は全くの誤解であつて、これは同日前記労働協約の失効にそなえて新労働協約案を定める団体交渉をなしたが、右交渉は数次に互ることが予想されたので、協議の日時毎に意見の一致した事項を記録して置き、他日前言をひるがえし論議をくりかえすことを避けたのであつて、右新協約は遂に成立することができなかつたのであるから、同日原告主張の如き事項につき意見の一致があつても何等の拘束力も生じないのである。仮りに右の如き労働協約が成立したとしてもそれは有効期間の定めのない労働協約であるから労働組合法第十五条に反し無効であり、又労働組合法の規定により使用者は原則として団体交渉を拒否することができないのであるから、被告会社に法律の禁止する不当労働行為をなす義務を強いるが如き協約は法律上無効である。又原告組合規約に定める組合脱退については原告組合代議員会の承認を要する旨の規定は憲法第二十八条に違反し無効である。即ち勤労者が自由な団体権をもつことは同条の保障するところであり、従つて勤労者が現在所属する特定の労働組合から脱退することも自由である。そうでなければ勤労者がいかに意見を異にする労働組合から脱退して別個の労働組合の組織を希望しても、それを実現することは不可能となり憲法の保障する団結の自由は害されるからである。かかる規約は単に事務処理上組合員の進退を明らかにする効力より存しないものであつて、組合員の脱退の効力を代議員会の承認の有無によつて、決するものということはできない。

と述べた。(立証省略)

理由

被告会社が原告組合所在地に於て石炭の採掘販売業を営む会社であり原告組合が被告会社の従業員及び原告組合代議員会の承認を受けて加入する労務者を以て組織する労働組合であること、原告組合と被告会社との間には昭和二十一年五月十五日定めた労働協約があつたが、右協約は昭和二十四年五月十四日有効期間の経過によつて消滅したところ、これよりさき昭和二十三年九月二十五日右労働協約に基いて設置された労資間の経営協議会に於て被告会社炭鉱住宅区域内にある世話所に勤務する世話役は従業員の選挙によつて定め、被告会社は右選挙に当選した者を勤労課勤務として世話役に就任せしめ、これに前に世話役であつた者と同等又はそれ以上の給与を支給し、その任期は一年であるが、再選したときは更に同期間勤務せしめ、又再選されることなく任期満了したるときは世話役就任前所属していた職場に復帰せしめる旨の協議が成立し、ついで昭和二十四年七月二十四日原告組合被告会社間に前記労働協約消滅後新協約成立までの措置として新に経営協議会が設置されるまでは従来の経営協議会に於て成立した協議を互に尊重する旨の約定をなしたこと、原告組合規約には組合員が組合を脱退するには書面を以て届出をなした代議員会の承認を得ることを要する旨の定めがあること及び被告会社を除くその余の被告が原告組合が被告会社との間に紛議が生じ昭和二十四年十月三日より罷業をなすやこれに不満をいだき原告組合を脱退し新に労働組合を結成したこと並びに右脱退については原告組合代議員会の承認を受けていないことは当事者間に争がない。原告は前記昭和二十四年七月二十四日なした約定はその定める範囲内で旧労働協約を更新し新たな労働協約を締結したものであるから右労働協約の定める有効期間中前記世話役を選挙によつて就任せしめる経営協議会の決定は有効に存続すると主張するが、証人大橋銀次郎の証言中右主張事実に符合する部分は措信し難く他にこれを認める証拠がないのみならず、成立に争がない甲第二号証の一ないし九及び同第三号証並びに証人沢田茂の証言及び証人大橋銀次郎の証言(前記措信しない部分を除く)を綜合すれば原告組合と被告会社は当時存在した労働協約が昭和二十四年五月十四日三年間の有効期間の経過により消滅するので、その後の労働協約を定めるため昭和二十四年一月二十日頃より数次に亘つて団体交渉をなしたが同年七月二十四日に至るもこれが成立に至らなかつたので、当事者間に争ない前記新に経営協議会が設置される迄従来の経営協議会に於て決定した協議は互に尊重する旨の約定をなしたのであつて、右は旧労働協約中経営協議会を設け経営上の諸問題を協議するとの条項に限りその有効期間を延長し且つ右条項に基き設けられた経営協議会の決定事項を有効に存続せしめる趣旨であつたところ、被告会社はその後右決定事項中前記世話役を選挙により就任せしめる制度は存続せしめることができない旨を原告組合に通知したことが認められる。しからば旧労働協約の前記条項の具体化である右事項に関しては前記約定は労働組合法第十五条第二項により有効に存続することができないものといわなければならない。原告は右世話役制度は原告組合員の福利厚生関係を世話するものであり、原告組合員の労働条件中主要なる地位を占める福利厚生条件に重大な関係を有するものであるから、旧労働協約が失効しても、かかる事項を定めた部分はいわゆる規範的部分として失効しない旨主張するが、証人小斯波泰大橋銀次郎の各証言中右世話役が被告会社従業員の福利厚生に関する業務のみを取扱うとの部分は措信することができず、かえつて証人室田重太郎の証言によれば世話役は住宅区域内の保安の維持、外来者の接待、盗難防止の外物資の配給販売従業員住宅の割当等を扱う被告会社の職制の一であることが認められるから、その職務の中に従業員の福利厚生に関する事項の取扱が含まれていてもこれが就任、存廃に関する事項をいわゆる規範的事項ということはできない。次に原告は原告組合規約には組合員が組合を脱退するには書面を以て届出をなし代議員会の承認を得ることを要するにかかわらず被告会社を除く被告等は脱退の届出をなしたのみでいまだ右承認を受けていないから組合員たる地位を失わない旨主張するが、かくの如く組合を脱退するには組合の承認を要しその承認がなければ脱退することができず、しかも証人中川孝行の証言によれば右規約の条項は原告組合が組合員の脱退を防止するため特にもうけたものであつて承認不承認の判断は全く原告組合代議員会の自由裁量にあることが認められるのでかかる趣旨の規約は組合員の自由を著しく制限するものであつて、いわゆる公序良俗に反し法律上無効といわなければならない。しからば被告会社を除く被告等は原告組合に脱退の意思表示をなしたとき原告組合を脱退したものであつて、組合員たる地位はその時消滅したものというべきである。次に原告は被告会社は昭和二十四年一月二十二日原告組合との団体交渉に於て原告組合以外の同種の労働組合とは団体交渉をなさない旨確約したから、前記脱退者の組織する労働組合と団体交渉をなしてはならないと主張するが、一使用者の雇用する労働者が排他的な労働組合を組織することができる法的根拠はなく且つ使用者との間にかかる労働協約(たとえばクローズドシヨツプ或はユニオンシヨツプ約款等)のあることの主張のない本件にあつては、使用者は労働組合法の規定に従い雇用する労働者の代表者と団体交渉をなすべき義務があり敢えてこれを拒否するときは行政罰又は刑罰を科せられることをも予想しなければならないのであるから、たとえ原告組合被告会社間に原告主張の如き労働協約があるとしてもかかる労働協約は強行法規に反する無効のものであつて右法律に定める使用者の義務を排除する効力を有するものとすることはできない。しからば原告の請求はその余の争点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤敏之 矢吹幸太郎 石沢健)

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